書評会

『日本の〈メロドラマ〉映画ー撮影所時代のジャンルと作品』(森話社、2021年)
・講師:河野真理江

2021年6月9日 Zoom(15:00-16:30)

報告:宮本法明

京都大学映画コロキアムはCOVID-19のパンデミックにより公開の催しを長らく休止していたが、このたび河野真理江『日本の〈メロドラマ〉映画ー撮影所時代のジャンルと作品』(森話社、2021年)の書評会を期に再開することとなった。2021年6月9日、Zoomにて学外からの参加者も募り、総勢30名ほどで著者の河野真理江氏を囲んだ。

本書は、立教大学で兼任講師を務める河野氏が2015年に同大学院に提出した博士論文「戦後日本「メロドラマ映画」の身体ー撮影所時代のローカル・ジャンルと範例的作品」に加筆修正をおこなったものである。メロドラマは、ピーター・ブルックスの文学研究書『メロドラマ的想像力』(原著1976年)に始まり、トマス・エルセサーやクリスティン・グレッドヒルなどの映画研究者による議論の蓄積を通して、「研究が進めば進むほど肥大し、扱いづらい概念になってしまった」(河野、13頁)という。しかし、本書は膨大な資料分析によって1930-60年代の日本映画史におけるメロドラマ作品と言説を通覧することのできる決定的な著作に仕上がっている。

書評会はまず河野氏が著作の成り立ちについて簡潔に説明した後、特定のコメンテーターを設けずに聴衆から自由にコメントや質問を受け付ける形式でおこなわれた。それぞれ多様な関心にもとづく議論が交わされたため要約することは難しいが、それはメロドラマが性・病・障害・階級・人種・民族など様々な主題を取り込んでおり、本書がそのような多岐にわたる論題を首尾よく展開していることの証左だといえよう。とりわけ第五章で『妻は告白する』(増村保造監督、1961年)に対する男性批評家の例外的な称賛を「男性批評家ないしは作り手としての男性監督による、文芸メロドラマの女性的特質に対する抵抗」(171頁、強調省略)として論じる箇所は、日本のフェミニズム映画批評史に残る卓見だとの評価がなされた。

最後に、河野氏が次なるメロドラマ論を準備中だという告知がなされ閉会となった。詳細は不明だが、本書の結論部で『君の名は。』(新海誠監督、2016年)や『岸辺の旅』(黒沢清監督、2015年)などが現代のメロドラマ映画として言及されているように、これからもメロドラマは製作され続けるであろうし、そうである限りメロドラマ研究が終わることはない。本書に刺激を受けた、さらなる研究が期待されるだろう。