講演会

「クラカウアーを語る」
・講師:竹峰義和、アレクサンダー・ザルテン

2023年5月31日 総人棟1B05(16:45-18:15)

報告:源倫太朗

2023年5月31日、ジークフリート・クラカウアー『映画の理論 物理的現実の救済』(東京大学出版会、2022)の書評会が行われた。講師には本書を翻訳された竹峰義和氏(東京大学)と、アレクサンダー・ザルテン氏(ハーバード大学)をお招きし、会場に集まった学内外の参加者でクラカウアーについての対談を伺った。

本書はクラカウアーによる大著Theory of Film: The Redemption of Physical Reality(Oxford UP, 1960)の日本語による初めての全訳である。書評会では、まず竹峰氏がクラカウアーの生涯、そして映画理論における同書の位置づけについて簡潔に説明した後、ザルテン氏との対談によって同書から読み解かれるクラカウアーの思想について議論が行われた。

竹峰氏は講義前半で、現在に至るまでに映画理論には大きな2つの流れが存在してきたことを確認した。一方は、セルゲイ・エイゼンシュテインに代表されるような、ショット同士の組み合わせから成る「モンタージュ」を重視する主張。そしてもう一方は、アンドレ・バザンに代表されるような、現実をありのままに写し取る特性から生じる「リアリズム」を重視する主張である。竹峰氏は同書が後者と関連したものであることを述べつつ、同書の特徴として2点指摘した。1点目は、写真的なリアリズムが映画の本質であるという主張がなされている点。2点目は、映画には「造形的」な特性が存在しており、その特性が重要であるという主張がなされている点である。「造形的」とは、絵画や小説同様に、映画も製作者の作為によって生み出されている点について述べられているものであると竹峰氏は説明した。竹峰氏は、同書では以上のようなリアリズム的傾向と造形的傾向が映画の特徴であるとされており、これらの関係から映画における様々な事象が論じられているとした。そして、映画において重要なのはあくまでもリアリズムの要素だとクラカウアーが論じていることを強調しつつ、そのリアリズム概念が特殊なものであったことに言及し、竹峰氏は同書の内容に関する説明を締めくくった。

講義後半の対談の中でザルテン氏から、クラカウアーのリアリズム論は、近代の抽象化の概念において、重要な意味を持ったものであることが指摘された。それに応答する形で、竹峰氏は講義前半で触れたクラカウアーのリアリズム論の特異性について詳しく述べた。クラカウアーは、通常意味を通してしか認識できない現実に対し、よそものの眼差しとしてカメラがその意味を取り外す機能を持つという点に可能性を見出し、リアリズム概念を構築したと竹峰氏は説明した。

アニメーションやビデオゲームなど、現実と物質的な結びつきを持たない映像メディアが強い存在感を示している現在、映画におけるリアリズム論は様々な文脈から見直されつつある。そのような中で、『映画の理論』が訴えかけるリアリズムは、その独自性とともに参照すべき概念であると言える。同書の翻訳によって、現在の文脈と照応し、クラカウアーのリアリズム概念を新たに見つめ直す契機が与えられた。今後、同書が映像メディア全体の理論理解に大きな影響を与えることは間違いないだろう。