書評会

雑賀広海著『混乱と遊戯の香港映画ー作家性、産業、境界線』(水声社、2023年)
・講師:雑賀広海
・評者:鷲谷花

2023年8月30日 総人棟1B05/Zoom併用(16:45-18:15)

報告:原口直希

2023年8月30日、京都大学映画メディア合同研究室は『混乱と遊戯の香港映画ー作家性、産業、境界線』(水声社、2023年)に関して、著者の雑賀広海氏、書評者として鷲谷花氏をお招きして書評会を行った。当日はZoomを併用してハイブリッド形式で開催し、学内外から多くの参加者が集った。

『混乱と遊戯の香港映画』は、雑賀氏が2019年に本学へ提出した博士論文「1980-90年代の香港映画産業における俳優と監督の境界線:ジャッキー・チェン、ツイ・ハーク、ジョニー・トー」に加筆修正を行ったものである。

書評会では、まず雑賀氏が研究に関する自身の来歴と著書の内容に関するプレゼンテーションを行った。雑賀氏は、学部時代に映画のアクションシーンの分析に惹かれ、修士課程ではジャッキー・チェンの身体性に着目し、博士課程では香港映画産業における監督を研究対象とするに至ったという。なかでも博士課程では、監督の役割が曖昧な1980-90年代香港映画を見るときに作者としての監督はどのように位置づけられるのか、言い換えれば作家主義をどのように香港映画に適用できるのかという問いを抱いていたと述べている。その上で『混乱と遊戯の香港映画』に関して、撮影現場をコントロールして作家性を獲得しようと戦う監督たちの歴史としての黄金期香港映画を記述したものだとまとめている。しかし同時に、それは主体性を得ようとする香港人男性の物語であり、その対象が香港人の男性に偏ってしまっている点は今後の課題になると述べている。

次いで鷲谷氏が登壇した。まず鷲谷氏は『混乱と遊戯の香港映画』に関して、香港映画の繁栄と混乱がピークに達した1980年代に、ジャッキー・チェン、ツイ・ハーク、ジョニー・ トーという「映画作家」3名が、「作家性」を確立しようとする試行錯誤の記述に焦点が置かれたものとまとめている。そのうえで、「父子関係」への還元の妥当性、ディヴィッド・ボードウェル『プラネット・ホンコン』の批判的検討、スターシステムの扱いなどの複数の点に関して、雑賀氏に対するコメントがなされた。

雑賀氏は鷲谷氏のコメントをすべてもっともなものとしたうえで、それぞれに関して応答していき、また会場およびZoomでの参加者に対してもコメントを受け付ける形となり、白熱した議論が展開された。なかでもボードウェルによる、映画の職人性(クラフトマンシップ)が香港映画を支えているとの指摘に絡めて、香港映画における武術指導監督の重要性に関する指摘は印象深い。書評会において特に言及はなかったが、たとえばアメリカや日本の映画賞とは異なり、香港の映画賞(Hong Kong Film Award金像賞)では1983年開催の第2回から一貫して、武術指導を中心とするアクション監督・スタントコーディネーターに対する「最佳動作設計賞」が設けられている。つまり香港映画には産業全体で武術指導を重視する伝統があり、武術指導監督はある意味で香港映画の核心に迫るトピックだと考えられるからである。

鷲谷氏が述べるように、確かに香港映画に関しては既に一定の研究蓄積がなされている。しかしながら中国語圏映画全体としてみた場合、映画学に基づく専門的な研究は決して多いとは言えない。雑賀氏が「あとがき」において述べるように、特に日本語で読むことのできるものは限られている。そうしたなかで本書は貴重な存在であり、雑賀氏の研究は今後も多くの研究者に刺激を与えていくものとなるであろう。